東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)3371号 判決
主文
被告人らをいずれも禁錮八月に処する。
但し、この裁判確定の日から三年間いずれも右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、被告人らの連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人甲は、株式会社古瀬工務店の工事部長として同工務店が施行する建築工事の設計ならびに監理を担当していたもの、被告人乙は同工務店に大工として雇われていたものであり、共に同工務店がAから請負つた東京都台東区橋場二丁目二一番九号所在の同人所有木造モルタル塗り二階建家屋の改築工事の施工にあたり、その際被告人甲は右工事の監督責任者として、被告人乙は同甲の下で他の大工一名と共に実際の工事作業をそれぞれ担当していたものであるが、右工事においては、同家屋二階中央の台所部分を居室に改修するため、同所に敷設してあつた床板の上に約七〇センチメートルにわたり垂直に突出した都市ガス用導管(内径約二センチメートル)を撤去する必要を生じたが、かかる場合ガス漏えい等の危険があるから、その撤去はガス事業者にこれを依頼し、その施行をうけるべきであり、万一自ら右の撤去を行つた場合には、右の危険を防止するため、直ちにガス事業者にこれを通報してガス導管開口部分の閉塞その他危険防止の措置をうけるなど危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに
第一、被告人甲は昭和四六年二月二〇日ころから右改築工事の施行を開始し、被告人乙をしてその作業に着手せしめたのに、その頃ガス事業者に対して、前記ガス導管撤去の依頼を行わず、又同月二三日頃被告人乙から右ガス導管を自ら撤去し、その取りはずし部分が開口したままにしてある旨を告げられたにも拘らず、右家屋に家人が入居するまでに間があることに気を許し、これを直ちにガス事業者に通報してガス漏えいを防止するための工事施行方を手配することなく、漫然放置し、その後前記改修工事を終了し右家屋を注文者に引渡すまでの間、右ガス導管開口部分の閉塞その他右撤去に伴う処置が安全確実になされていることの点検確認を怠つた重大な過失により
第二、被告人乙は、同月二三日ころ右家屋二階の床板を張る作業に従事中、床の上に突出していた前記ガス導管を作業に差支えるとして、自ら二階床下のガス導管との接合部分から取りはずして撤去し、これにより床下に残されたガス導管の一端が開口したままになり同家屋戸外軒下にあるガスの元栓を開けば右開口部分からガスが流出する状態になつたことを十分認識していたにも拘らず、そのころ被告人甲に対し右ガス導管を自己が直接撤去したのでガス事業者に対し通報する必要がある旨伝えたのみで、その後前記家屋を注文者に引渡すまでの間被告人甲が実際にこれをガス事業者に通報して現実にガス事業者により危険防止の措置がとられたか否かを確認し、更に被告人甲を介し或いは自らガス事業者に通報し確実にガス事業者による右開口部分の閉塞工事の施工をうけるなど必要な措置をとらないまま漫然放置した重大な過失により同年六月六日前記ガス導管の一端が開口したままになつていることを知らずに右家屋前記Aおよびその妻Bが入居し、翌七日午後二時ころ、Aが同家屋外軒下にある右ガス導管の元栓を開いたため、同家二階床下に都市ガスを放出せしめ、よつてこれに気づかないまま同夜九時ころから同家屋二階西側四畳半の間に就寝睡眠した右両名にガスを吸引させ、よつてA(当六九才)に対しては治癒まで約一週間を要する一酸化炭素中毒の傷害を負わせるとともに、B(当五二才)をして翌八日午前七時ころから同日正午ころまでの間に一酸化炭素中毒により死亡するに至らしめたものである。
(証拠の標目) 省略
(付加説明)
本件については(一)被告人乙が本件ガス導管を自ら取りはずして撤去したことを被告人甲に告げたか否か、(二)被告人甲が本件ガス導管撤去の工事をガス事業者に依頼したか否か、(三)被告人乙がガス導管を自ら取りはずして撤去した後、この事実を監督責任者たる被告人甲に告げ、同人に対しガス事業者へ通報するよう依頼したことが被告人乙の刑事責任に如何なる影響を及ぼすかの三点が主たる争点となつている。
このうち(一)については被告人甲と同乙との当公判廷における供述ならびにそれぞれの捜査段階における供述調書を比較検討してみると、その日時・場所については必ずしも一律に確定し難いけれども、少なくとも被告人乙が自らガス導管を取りはずし撤去した後、間もなくの時期にこの事実を被告人甲に告げてガス事業者への通報を依頼したとの点に関する限り、被告人乙の当公判廷における供述は信用すべきものであり、これに反する被告人甲の当公判廷における供述ないし捜査段階における供述調書の記載は事実に反するものという外ない。
又(二)についても、被告人甲の当公判廷における供述ならびに右供述調書によれば、同被告人が古瀬工務店施工の建築工事に関し通常ガス工事を依頼するのは城北商工株式会社(東京ガス株式会社の下請会社で通称南千住サービスセンターと呼ばれている。)に限られていたことが認められ、本件についても同被告人は右サービスセンターに本件家屋の改築工事が開始されて間もなくガス導管の撤去工事を依頼した旨主張しているのであるが証人奥田義明、同山口義春の当公判廷における各供述および佐藤栄吉の検察官に対する供述調書によれば、その頃被告人甲より右サービスセンターを通じて本件家屋所在地を担当する東京ガス株式会社浅草営業所に対しそのガス導管撤去工事の依頼がなされた事実が全くないことが認められ、これらの証拠に照らし、同被告人の右主張は採用できない。
更に(三)の点について考察してみると、被告人乙が本件ガス導管を自ら取りはずして撤去した後、この事実を被告人甲に告げ、同人に対しガス事業者への通報を依頼したことは判示認定のとおりであるが、弁護人は被告人乙が右のようにその事実を工事監督責任者たる被告人甲に告げ、その事後措置を依頼した以上、被告人乙としては、その責務を果たしたことになり、爾後は専ら被告人甲の責任において処理すべきものとなつた旨主張する。しかしながら、被告人乙が行つたガス導管取はずし行為それ自体が本件結果発生の直接の原因であるのみならず、建築工事の過程でガス導管の撤去が必要な場合には必ずガス事業者にその処置を依頼しその撤去をうけるべきであつて、ガス事業者以外のものが自らガス導管を勝手に取りはずすべきでないことはガス事業法の規定(同法第五四条)をまつまでもなく建築工事関係者にとつて、いわば常識ともいうべきことであり(この点証人古瀬幸一、同古瀬英次の当公判廷における各供述ならびに五島達夫、関栄吉の司法警察員に対する各供述調書)被告人乙が判示のように同家戸外軒下にあるガス元栓を開けば、ガス流出することを十分認識しながら、自ら勝手に本件ガス導管を二階床下部分から取りはずし、その開口部分をそのままに放置しておいた所為は、たとえ、後日事業者により正規の撤去工事がなされると考えていたとしても、まさに右の常識を著しくはずれた異例なものという外ない。そして被告人乙が自らこのような重大且つ危険な所為をした以上、それに基づく危険の発生を未然に防止するための真摯な努力を為すべき義務を有することは当然であつて、それは、単にその事実を当該建築工事の監督責任者たる被告人甲に告げ同人に対しガス事業者への通報を依頼したのみでは足りず、被告人甲が果たしてこれに応じてその通報をなし、その結果現実にガス事業者により適切な安全措置がとられて、右の危険が解消したか否かを確認し、若しその措置がとられていない場合には、直ちに自らガス事業者に直接通報し、すみやかにその措置がとられるよう万全の努力を尽すべきであり、判示のようにその後の努力を全く尽さなかつた被告人乙には、刑法第二一一条後段にいう重大な過失の存することは明白であつて、被告人甲へ右の告知ならびに通報依頼をなした点は、それが量刑上考慮すべき一事情というべきか否かは別としてその刑事責任自体に影響を及ぼすものではない。
(法令の適用) 省略 (長崎裕次)